●瞽女ミュージアム高田/新潟県上越市東本町1丁目2−33
「瞽女ミュージアム高田」に行きました。(大澤/2026年6月)
ここは週末だけの開館なのですが、たまたま日曜日に行けたので訪問できました。入館料500円。
説明聞いてビデオを見て、写真集を見て、なんとなくしか知らなかった瞽女さんの生活や仕事ぶりのことをいろいろ知って、目が不自由なのになんて大変な旅をしていたんだろうと思いましたが、瞽女さんたちが来るのを待ちわびていた人々や、毎年宿を提供する宿主さんがいたことなどを知り、うれしくなりました。なんとなく雪国の出稼ぎだと思い込んでいたけれど、そうではなく全国にいたんですね。年に数回、決まった日には本拠地に必ず帰って来ないと行けなくて、毎年いつどこに行きどこに泊まるのかのかスケジュールが決まっていたようです。
NHKの聞き逃しで、NHK-FMで放送されている「おしゃべりな古典教室」をいつものように聞いていたら、たまたま6月22日(月)分は「ごぜ唄の世界(1)(2) 」でした。瞽女ミュージアム高田で見聞きしたことを思い出しながら聞いていたら、最後に「オカイコ」という言葉が出てきたんで「え?」と思いました。
以下、要約ですが、
「瞽女さんは超越した存在だからこういう歌を歌えるのかもしれない。日本の芸能には予祝というのがあって、めでたいことがありますよ、と祝っている。不思議な力がある。現に瞽女さんには不思議な力があると信仰されていて、安産、オカイコがよく育つなど、不思議な力を瞽女が持っているという信仰もあったので、単なるおめでたい歌ではなくてそこには未来が詰まっているというかんじなのかもしれない。瞽女をおうちに呼べるというのは大きなステータスだったし、当時はテレビもラジオもなかった時代だから瞽女さんが来るくらいしか娯楽がなかったから、バリエーションがすごく多かったんだろう。」というようなことを言っていました。
瞽女ミュージアムで、どんな歌を歌っていたかというのは少しだけ資料を読んだのですが、養蚕とも関係した歌があったんですね。
と思ってネットを検索すると、カイコローグに「瞽女唄・蚕口説(かいこくどき)」という東京の瞽女の唄がアップされていたし、ほかにもけっこう見つかりました。いくつか引用。
上記に登場する「瞽女 榎本ふじ」さんについて、
越谷市/越谷市デジタルアーカイブ「ゴゼの遍歴」
>この瞽女が実に越ヶ谷の出身であったことが、その携えていた縁起書によって判明したのである。
https://adeac.jp/koshigaya…/text-list/d000020/ht004630
映画「ふみ子の海」のストーリー・背景
>養蚕の盛んな地域では、瞽女の唄を聞くと蚕が良く育つといわれ、温かく迎えられていたそうです。
https://www.cal-net.co.jp/fumikonoumi/goze.html
上質な大人の学びと遊びのネットワーク ゆう・えん
「瞽女について」
>瞽女さんたちは目が見えません。ですからそうした唄はすべて記憶していたのです。そのことから瞽女さんは特別な能力があると考えられ、たとえば養蚕農家では蚕が喜ぶ(糸をたくさん出す)といって、お蚕様に瞽女さんの唄をきかせたものです。
https://www.yuen-net.com/goze/about/index.html
瞽女唄ネットワーク 「越後瞽女」
>いずれも語り物の芸能を好んだ土地だが、また養蚕(ようさん)業が盛んなところで、蚕繭(さんけん)の増産を瞽女に期待する信仰が深かったため、これをよく迎え入れたのであった。
https://goze.folklores.net/goze/suzuki/etigogoze.html




