富山市(3)姉倉比売神と蚕神石像

富山の機織りの神様「姉倉比売神」は地元民に農耕、養蚕、機織りを広めたとされています。
姉倉比売神社の隣にある帝龍寺は姉倉比売神の本地仏
三十三年にに一度のご開帳だそうで、次は十年後に見れるそうです〜
(中森)2017年訪問

 

●姉倉比売神社/富山県富山市呉羽町1802


呉羽町の【姉倉比売神社】

 

●姉倉比売神社/富山県富山市舟倉2360


船倉の【姉倉比売神社】

この神社に奉納された絵馬の情報をいただいたので追記しておきます。
馬乗りの馬鳴菩薩(絹笠明神)が祀られていたのでしょうか。
(協力:平井一雄さん)


修復前


修復後


もうひとつの絵馬(大正9年)

●姉倉比賣神社
(赤城)2026年訪問

 

 

●帝龍寺/富山県富山市舟倉2334


船倉の【姉倉比売神社】の横にある【帝龍寺】
(中森)


本堂の脇に祀られた【姉倉比売】


神仏混合が未だ色濃く続いている


三十三年に一度のご開帳

●高野山真言宗 船峅山帝龍寺(たいりゅうじ)
(赤城)2026年


帝龍寺 向拝前: 姉倉比賣神社 御朱印説明


帝龍寺 本堂内陣:姉倉比賣神社 本地仏 虚空蔵菩薩座像(錦布が掛かっている厨子の中、秘仏)厨子前お前立
訪問上記を見ると、神社とお寺で別の神像(或いは仏像)が祀られているような印象だが、実は普段帝龍寺で祀られている虚空蔵さま(秘仏)が33年に一度姉倉比賣神社に遷座されてご開帳されることになっている。


帝龍寺 本堂外陣柱:姉倉比賣神社 本地仏 虚空蔵菩薩座像説明書き。「嵯峨野より勧請された虚空蔵菩薩」とは智福山法輪寺のことか?


姉倉比賣神社 御朱印拝受


帝龍寺 御朱印拝受(通常 姉倉比賣神社は無人。神社の御朱印も帝龍寺の庫裡にて頂ける)


帝龍寺 虚空蔵菩薩 御姿札

 

 

●蚕姫石像/富山県富山市大沢野直坂

地域の方に聞いてもなかなか見つからなかった…
看板付けて欲しいわ〜
(2017年/中森)


右手に桑の木
左手に種紙


頭には蚕の蛾をモチーフにした飾り


足元に繭が散らばっています。

 

この石塔についての情報もいただいたので追記しておきます。
(協力:平井一雄さん)


笹津から猿倉山へ上る坂の途中に「蚕神」の石像があります。
昔は、この辺り一帯に桑畑があり、かつては郡内一の繭の生産量を誇っていました。
蚕種は八尾から入り、出来た繭は八尾の集荷人がとりに来て、この辺りでは八尾が繭の集散地でした。
ここで桑を作っていた家の屋敷神と思われます。


このモノクロ写真は昭和45年撮影です。
これが壊れて一時テレビの箱が流用されていましたが、その後現在の祠堂になりました。


繭玉を下方に配し右手に桑の木を持ち、左手に蚕紙持つ女の神様が彫ってあります。
蚕紙(さんし)とは、蚕の卵である蚕種が産み付けられた紙を指す。
頭は、蚕の形に似せてあり、とても美しく造ってあります。


石像 (高さ五〇センチメートル)
造建年代 大正末期か


この像に似た絵像が富山の売薬さんが配置先に配った売薬版画があります。

衣襲明神之像(きぬがさみょうじんの像)
此尊像ハ桑蚕ノ祖神ニ而常陸國鹿島郡日向川村蚕霊山ニ立セ給衣襲明神即是也サレハ此御神ヲ祭ル者ハ桑ヨク栄テ如意万倍ノ利得有事ウタガイナシ

いやぁ、見つけ出すのに苦労しましたよ。坂の上と下を行ったり来たり4~5回往復しました。
「諦めた、これを最後にしよう」と下ろうとした時対向車が来たので左に寄って対向車を見過ごしたのち右奥を見たら、雑草越しに「あれか? あったー!」って感じです。
(2026年/赤城)

● 蚕姫 石像/富山市大沢野直坂(すぐさか)(大沢野舟新50付近)


青矢印:坂の頂上(峠)、赤矢印:御堂入口 ~頂上で逆ト字に分岐。直進は東方(直坂遺跡方面)、左折は北上(級長戸辺神社方面)となる


如意輪観音堂(左)、蚕姫の宮(右)(路傍より雑草超しに撮影)


如意輪観音 石像


蚕姫 石像(深緑に囲まれ、像が緑色に見える。だが、同じ場所に居るのに観音様は緑色になっていない。何故だ?)


蚕姫 石像(右手に桑枝、左手に蚕種紙、足元に繭、頭には蚕蛾状の飾り)

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