伊勢崎市/展示会:猫絵の殿様・養蚕図絵・蚕の神仏

●伊勢崎市福祉交流館しまむら/群馬県伊勢崎市境島村1968-378


「猫者猫者 猫絵の殿様者」(2022年)

東京都武蔵村山市の進藤進氏(進藤農業資料館)が所蔵する資料が展示された。


ほぼ真筆の30~40点という多くの絵が展示されました。

 

 

●進成館(田島善一住宅主屋)/群馬県伊勢崎市境島村2209


「養蚕図絵展」(2022年)
行ってきました。まぁ、特別展示の内容としては予想通り養蚕に関する錦絵の複写の展示がメインで特筆すべきものはありませんでした。
それでも、上毛新聞社(民俗担当の記者による)取材なんかもありまして、進藤氏と一緒に何やかんやと口出ししてきました。序に、カイコローグのことも宣伝?しときました😉


常展示にオモシログッズ?がありましたのでご紹介します。蚕室暖房用の火鉢でしょうか?
繭形の鉄鋳物です。(大正14年11月15日 吉倉養蚕組合)
何かの受賞記念らしいのですが、上部に桑葉と幼虫、取っ手の取り付け部が成虫蛾で「養蚕っ!」を誇示しています。
(赤城おろし)

 

 

●田島弥平旧宅案内所内・境島村おもてなし広場/群馬県伊勢崎市境島村1968-40

『馬に乗った蚕の神仏展』
日時:2024年10月20日より毎週日曜日~11月17日迄
主催:進藤農業資料館


図録(白黒コピー、無料)の用意もありますが、部数限定のため必要な方は進藤さんにご相談下さい。


”くわまる”ぬいぐるみは非売品です。
(赤城)

 

 

北野天神社の養蚕祭で進藤さんにご案内いただいた「養蚕書展」(2025年)
チラシに4月20日からとありましたので行きましたが、おもてなし館の開館は日曜日だけなんだそうです。


右上 田島弥平旧宅案内所
右下 旧境島小学校の校章は桑の葉と繭と蚕蛾


右上 「お蚕せんひき(定規)」と
右下 「上毛かるた」をお土産に購入しました。まの札は「繭と生糸は日本一」です。
(田中)

 

 

●田島弥平旧宅案内所内 蚕の故郷おもてなし交流館/群馬県伊勢崎市境島村1968-40


『蚕の神様 猫神様 展』
2025年9月21日~11月23日(日曜日のみ開館:午前9時~午後4時)
拝観無料


新田猫絵に関しては真筆3割・贋作7割だそうです。真贋の目を養って下さい(笑)


現代アーティストによる新田風猫絵(油彩)


新田猫絵(真筆)

来館記念品 繭人形(無料、欲しいだけお持ち帰り下さい)


図録(残部あれば無料)
(赤城)

 


古物収集でお世話になっている方から猫絵を譲っていただきました。所謂、新田猫でございます。
猫絵を描いた岩松氏は、清和源氏の新田、足利両氏の流れを汲む名門一族。中世以来、代々上野国新田荘(現在の群馬県太田市)を領する武家の一門でありました。
しかし江戸時代になり、同じく清和源氏の末裔を称する徳川家が権力を握ると岩松氏は幕府から冷遇され、名門でありながら家禄120石(参勤交代あり)という極貧旗本の地位に甘んずることになりました。
そのため、同家の歴代当主は自ら絵を描き、それらを売ることで糊口をしのいでおられたそうな。
中でも彼らの最も優れた画題は猫であり、その出来きばえはネズミが逃げ出す程だったとか。
折しもこの頃、各地で国産生糸の生産が盛んになった時期でもありました。新田の殿様の描いた猫を飾ると蚕室にネズミがつかない、あるいは養蚕が大当たりになるとされ、養蚕家たちはこの絵を競って買い求めるようになりました。また明治期には猫絵は生糸と同じく欧米にも持ち出され、現地で岩松家の当主は「バロン・キャット」と呼ばれたそうな。
これが皆様がよく知る新田猫のあらましでございます。
さて今回、手に入れた新田猫は一体、いかなる出自であるかというと、埼玉県本庄市内のリサイクルショップで額入り五百円という超破格で売りに出されていたものでございます。
丸々とした姿が一目で気に入り、買った方からご厚意で千円で譲っていただきました(爆)
この際、この絵が本物か偽物かなど論じる気など小生には毛頭もなく、なにせ一目惚れである故、福呼ぶ招き猫のような感じすらするのでございます。
(林道義)

 

 

●田島弥平旧宅案内所内 蚕の故郷おもてなし交流館/群馬県伊勢崎市境島村1968-40

進藤農業資料館『養蚕農家が家に祭る立像の蚕神様 展』
2026年4月19日~6月21日(日曜日のみ開館)
(赤城)

いずれも15~20㎝ほどの大きさで、家庭内の神棚や石祠・小祠に納めてお祀りしていたものと思われます。
授与元がわかるものはほとんどなく、寺社や民間の宗教者、製糸会社など事業者が配布していた例もあります。

 

(左)蚕影神(金色姫)
舟乗りの造形は珍しく、これはご本尊(祭神)として祀るために作られたものかも。

(中)馬鳴菩薩
馬乗り像の授与品も珍しく立派なものですね。 「養蚕本尊馬鳴菩薩 大島準四国第四十七番法南寺」(愛媛県今治市)

(右)絹笠明神
群馬県域を中心に広く分布が見られます。
「養蚕の神々」(阪本英一)によると、この「絹笠明神像」 は「昭和40年代頃まで、養蚕農家を販売して歩いた。群馬県北部ではオシラサン、西部ではキヌガササンと呼ばれた」とあり、民間の宗教者によるものか?

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